“新しい風”を吹かせてくれる
皆さんの挑戦を、全力で応援します
山形県漁業協同組合 総務部長兼指導課長
安藤大栄さん
山形県庄内総合支庁 産業経済部水産振興課 専門水産業普及指導員
工藤創さん
漁業における人手不足が深刻化し、漁業産出額も減少傾向が続くなか、山形県では新規漁業就業者の育成に向けた支援事業に注力しています。山形県漁業協同組合 総務部長兼指導課長の安藤大栄さんと、山形県庄内総合支庁 産業経済部水産振興課で専門水産業普及指導員を務める工藤創さんに、山形県の水産業の現状と就業・独立支援、新規就業者への期待についてお話をうかがいました。
漁協や県の職員という立場から、
地域の水産業を支援する
まず、安藤さん、工藤さんのお仕事内容についてお聞かせいただけますか。
安藤私は20歳で漁協の職員になり、かれこれ35年以上お世話になっています。現在は総務部長兼指導課長を務めていますが、実は新規就業者の支援事業に本格的に携わることになったのは去年(2023年)の5月からです。そのため、私自身が制度について理解を深めながら、漁業に興味のある方、興味のある方を応援すべく、日々の仕事に向き合っています。
工藤私は現在、山形県庄内総合支庁産業経済部 水産振興課に所属しています。前職では水産高校の教師をしていて、県の職員になって12年ほどたちます。現在の仕事内容は、漁業者さんのサポートをしたり、新規就業者募集を目的とした漁業体験を企画したり。ズワイガニやイカなどの水産物のブランド化にも取り組んでいます。
お2人とも、長きにわたり山形県の水産業支援に携わってこられたのですね。ここ30年ほどの間に排他的経済水域(EEZ)が設定されるなど日本の漁業環境は激変し、衰退が進んだ地域も少なくないと思います。山形県の漁業には、どのような変化があったでしょうか。
安藤漁業をめぐる状況は、本当に大きく変わりました。統計を見ていただけば一目瞭然ですが、水揚げ量、水揚げ金額は、私が漁協に入った頃の半分以下まで下がっています。200海里水域制限や燃油の高騰による影響に加えて国の減船事業などもあり、漁業を辞める人が増えていきました。3年前くらいから、かつてはこの地域の漁業を支えていた地元の中型いか釣り船が姿を消してしまった。漁業者の減少は、県の漁業において大きな課題です。とはいえ、一つひとつの経営体がしっかりと食べていける必要があり、ただ漁業者の数を増やせばいい、というものではないと思います。
工藤単純に人が増えれば漁獲量が上がる、ということでもないので、難しい問題ですね。国では労働者の最低賃金引き上げが議論されていますが、漁業や農業にはそうしたものはありません。そのようなことも踏まえて、それぞれの漁業者の収入を増やせるような施策や工夫が必要ではないかと思います。
漁業の活性化を目指した
ブランド化や域内流通の取り組み
先ほど水産物のブランド化のお話が出ましたが、山形県ではどのようなブランド化の取り組みを進めているのですか。
工藤私が担当しているものでは、まずズワイガニですね。ズワイガニの名産地として知られる西日本の地域よりも一カ月早く漁が解禁しますし、有名産地よりはリーズナブルに食べられます。県外から来ていただきたいのはもちろん、そもそも県内でもズワイガニが獲れることをご存じない方が多いので、県内の方にもぜひ一度味わっていただきたいと思っています。
安藤ズワイガニは、以前は鮮魚でしか出荷していなかったのですが、活魚として生きたまま出荷できる体制を整えたことで単価を上げることができました。浜値(水揚げされた水産物が競りなどで最初に取引されるときの値段)でキロ4000円くらいなら高いほうだったものが、今は1万円くらいになっています。
山形県のブランド魚だと、「庄内おばこサワラ」も有名ですね。
安藤水産物のブランド化については漁師さんからいろいろな提案をいただくこともあり、「庄内おばこサワラ」はその代表例ですね。かつてはこの辺りではサワラ漁は行われていなかったのですが、ある時にサワラがいることが分かり、漁業者の皆さんが試行錯誤して道具を改良した結果、釣れるようになったのです。さらに、「庄内おばこサワラブランド推進協議会」を立ち上げ、水産試験場(現在の水産研究所)のサポートにより独自の鮮度保持方法を確立するなどの工夫を重ねたことで、「日本一のサワラ」としてブランド化することができました。
工藤現在では12人の漁師さんが「庄内おばこサワラ」の漁を行っていますが、「庄内おばこサワラ」やその漁を行う漁師さんについては、厳しい基準が設けられています。特に、鮮度を維持するための船上での活締めや神経抜きが適切にできているかについては、抜き打ち検査も実施されているほどです。
ブランド化で水産物の付加価値が高まることは、漁師さんの収入向上にもつながりますね。
工藤そうですね。ほかにも、漁業者の収入向上や地域活性化のための取り組みとして、地元の魚は地元で消費するという域内流通も推進しています。先ほどお話ししたズワイガニなども、地元での消費が増えることで全体的な単価が底上げできれば、と考えています。
鼠ヶ関、由良、酒田。
研修生を迎える特色あるエリアと支援
山形県の漁業は、大きく鼠ヶ関、由良、酒田の3エリアに分けられるとうかがいました。エリアによって異なる点や地域性などはあるのでしょうか。
安藤あくまで全体的な傾向ですが、鼠ヶ関や由良は昔ながらの専業漁師さんが多く、酒田は会社を経営されている方など、さまざまな漁師さんがいる印象ですね。
工藤酒田に比べて規模が小さい鼠ヶ関や由良は、その規模感ゆえに研修などでも周囲とコミュニケーションをとりやすいのではないかと思います。一方で、酒田市は小さな漁村と比べてお店なども多くありますから、「漁村より町に住みたい」という方に向いているかもしれません。いずれにせよ、山形県への移住に当たっては「ふるさと山形移住・定住推進センター」などがしっかりサポートさせていただく体制になっています。
山形県の移住支援や就業支援制度は、他県と比べても手厚い印象を受けます。研修修了後も、漁船などを購入するための補助金が支給されるほか、独立後3年間は毎年150万円が交付されるのですね。
安藤支援事業については、まず国の支援制度があり、それで賄えない部分を県がカバーするというイメージですね。漁業を始めるには、当然、資金がかかります。その一方で、1~2年の研修を修了してすぐにベテランの漁師さんと同じくらい水揚げができるかというと、そうはいきません。元手がある場合はいいですが、そうでない場合は借り入れなどで資金を調達して事業を始めるわけですから、独立直後で水揚げがない間にも返済のための支払いは必要になります。そのような事情を考慮すると、経営が安定化するまでの3年くらいの支援は必要だろうと思います。
研修制度の説明図
多様な経験を持つ仲間とともに、
山形の漁業に新しい風を
漁業に興味があっても、具体的にイメージができないという人も多いのではないかと思います。そのような方が、山形県で漁業を体験できるような機会はありますか。
工藤水産高校では毎年、定置網漁と底びき網漁の漁業体験を実施していますが、それ以外については、現状は希望される方に対して都度ご案内をしています。
例えば、7月に東京で開催された漁業就業フェアにわれわれも出展したのですが、その時に、「将来は定置網漁を仕事にしたい」という女子高校生の方がブースに来てくれたのです。その方は祖父母が住む山形県で漁業体験をしたいということで、9月中旬に3泊4日の研修に行ってもらいました。さらに後日、「鮭のシーズンにももう一度漁業体験をしたい」とのご連絡をいただきましたので、次は10月下旬か11月上旬に研修をセッティングする予定です。
そのような希望者のサポ―トは、どのような体制で対応しているのですか。
安藤現状は、工藤さんと私のほか、山形県庁の工藤充弘さんが中心となって窓口対応をしています。われわれから研修先の事業者さんに受け入れのお願いをして、その後問題など生じていないか状況を確認させていただく流れですね。
最後に、山形県で漁師を目指す皆さんに期待することをお聞かせください。
工藤漁師の仕事は、やはり自然の中で遊ぶのが好きな人、アウトドアや釣りが好きな人が向いていますね。ただ、漁師として暮らしていくためには、一種類、二種類の魚を釣るだけでは厳しい部分があるので、シーズンごとにいろいろな漁ができる必要があると思います。近年では温暖化の影響などもあり、さまざまな変化に適応できる方、そのような勉強や工夫ができる方に来ていただけたら、とてもありがたいです。
新規参入される方が、地域に新しい風を吹き込んでくれたら嬉しいですね。例えば、現状では山形県ではほとんど行われていない養殖に挑戦してみたり、注目されていない海藻の新たな売り出し方を考案してみたり。新しい試みにどんどん挑戦してもらえたらと思います。
安藤他業種からこられる方には、ぜひ過去の経験も生かしていただければと思います。新規参入された皆さんがさまざまな取組を進めて、数年後、数十年後には、研修生を受け入れる「先生」になってくれたら。そんなサイクルで漁業者が増えてくれたら理想的ですね。
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Interviewer安達 日向子
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Writer渡辺 真理
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Photographer佐藤 直生