若き漁師の挑戦が、
漁業の未来をつくる
鶴岡市 はえ縄漁師 佐藤 良太さん
東北地方の日本海側、山形県鶴岡市にある鼠ヶ関は、さまざまな魚が水揚げされる県内有数の港があることで知られています。今回は、はえ縄漁師として活躍する佐藤良太さんに漁のこだわりをうかがうとともに、佐藤さんら若き漁師の活躍を見守る山形県漁業協同組合の菊地廉さんに、鼠ヶ関の漁業の現在とこれからについてお話をうかがいました。
底びき網漁を経て、はえ縄漁師へ。
未来を見据える若き漁師の挑戦
鼠ヶ関で生まれ育った佐藤良太さんは、底びき網漁船で9年ほど乗組員を務めた後、研修制度を利用して2019年に独立。現在は、「第八海運丸」を操りはえ縄漁を営んでいます。
「長く底びき網漁船に乗っていたおかげで、海のことがよく分かるようになったし、仕事も一人で迅速にできるようになりました。まるきりの素人が一人で始めて、すぐにマスターできる仕事ではないからね」
自らの修業期間を振り返り、そう語る佐藤さん。一方で、底びき網漁業からはえ縄漁へと転向した佐藤さんには、日本の水産資源や漁業の未来に向けた強い思いがありました。
「底びき網漁はたくさんとれる分、傷ついた小さな魚も網に入ってくる。でも、はえ縄漁であれば、小さな魚がかかっても生きたまま逃がすことができる。自分にとっては、そのほうがいいな、と思ったんです。そんなふうに考える人が、はえ縄漁を始めるケースは多いと思う」
現在ははえ縄漁一筋で、マグロやサワラ、ノドグロ、鯛など年間スケジュールに沿ってさまざまな魚をとる佐藤さん。5月から始めるマグロ漁では、片道6時間かかる沖合まで出ることもあるそう。
そんな佐藤さんの仕事ぶりを「若きパイオニア」と語るのは、山形県漁業協同組合・念珠関総括支所の支所長代理、菊地廉さんです。
「佐藤さんのような若い漁師は活気があり、発想も柔軟です。例えば先日、従来の漁場では大きいマグロがとれにくいという状況が生じましたが、佐藤さんをはじめとする若い漁師が県外のイカ釣り漁船などとの独自のつながりを通じて情報を得て、大きいマグロがとれる漁場を見つけ出しました。新たな手法やつながりを開拓するさまは、まさにパイオニアですね」
「庄内おばこサワラ」などのブランド化で、
魚価の向上を目指す
日本全体で漁獲量の減少が叫ばれる中、鼠ヶ関も例外ではありません。かつては鼠ヶ関で多く水揚げされた鯛も、近年では漁獲量が減ってきているのだとか。このような厳しい環境を生き抜くための取り組みの一つが、水産物のブランド化です。
山形県のブランド魚として知られる「庄内おばこサワラ」は、地元の漁業者が力を結集してつくり上げたもので、今や“日本一のサワラ”といわれるまでになりました。「庄内おばこサワラ」として出荷するためには、一人乗り漁船のはえ縄漁で漁獲されていること、船上での活締めや神経抜きが施されていることなど、厳しい条件をクリアしなくてはなりません。
実は、佐藤さんは、地元でも数少ない「庄内おばこサワラ」漁師の一人。独自の鮮度保持方法で鮮度をキープした佐藤さんのサワラは、トラックで豊洲へと運ばれます。3kgを超えた個体は、キロ4000円で取引されているといいます。
このように高い知名度を確立した「庄内おばこサワラ」が県外で評価されている一方、地元の方が高値が付く魚もあると佐藤さんは言います。その一つが、高級魚として知られるノドグロだそう。
「この辺りでは昔からノドグロが水揚げされていて、漁師たちも扱い方をよく分かっています。ノドグロは鱗がとれやすく、すぐに白っぽくなってしまうんですが、鼠ヶ関のノドグロは色が良くて光っているんですよ。ノドグロに関しては、この辺りは全国でも屈指の値段が付きます。豊洲よりもずっと高値なんじゃないかな」
水産物のブランド化は、競争力の強化や地域の活性化にもつながる重要な取り組みです。その一方で、菊地さんは水産物の地元消費の重要性も指摘します。
「全国的に漁獲量が減る中、魚の単価を上げる取り組みは大切ですが、『その単価で買う人がどれだけいるか』ということも考えなくてはなりません。魚を遠方に運ぶほど輸送費がかかることを考えると、地元でとれた魚をなるべく地元で消費する取り組みも重要です。そのためには、地元でとれる魚や食べ方について、地域の皆さんに知っていただくことが大切ですね」
若い世代や新規就業者のパワーが、
鼠ヶ関の未来を拓く
鼠ヶ関という浜の特徴として、菊地さんは「比較的若い人が多い」という点を挙げます。
「山形県の漁場は大きく鼠ヶ関、由良、酒田の3エリアに分けられますが、鼠ヶ関は漁船の数が多く、比較的若い人が多いのが特徴ですね。底びき網漁船の数は11隻と、ほかの浜の2倍くらいあるし、乗組員も若い。さらに、はえ縄漁師の数もほかの浜より多いです。若い漁師の皆さんが底びき網漁で資金を稼いで、そのあとはえ縄漁で独立するというパターンが多く見られるようです」
菊地さんによれば、はえ縄漁師として独立する人の多くは、佐藤さんと同様、底びき網漁での経験を積んでいるそう。これについて佐藤さんは、「それが一番手っ取り早い」とバッサリ。厳しい海の仕事で必要なスキルを身に付け、独立後に魚をとって稼げる漁師になるためには、まずは大きな船で着実に経験を積むことが早道なのだと語ります。「鼠ヶ関の漁師の先輩方は親切で、『教えてほしい』といえば何でも教えてくれるから」と佐藤さん。
一方で、新規漁業就業者の育成に注力し、就業・独立に向けた各種の支援を整備している山形県では、さまざまなバックグラウンドをもつ移住者の参入も増えてきています。その一人が、東京から鼠ヶ関に移住してきた松山武さん。2011年の東日本大震災の影響により経営していた飲食店を畳んだ松山さんは、釣りで訪れていた鼠ヶ関の漁師から研修制度の存在を聞き、漁師になることを決意。底びき網とはえ縄漁船での合計2年間の研修を経た後、はえ縄漁師として独立したといいます。
鼠ヶ関ではほかにも、未経験から研修を受け、独立したケースもあるのだとか。
このような新たな仲間の参入に力を得ながらも、鼠ヶ関は全国の多くの漁村同様、地方であるがゆえの課題も抱えています。
「ほかの浜にも共通することですが、やはり地方なので、若い人が遊んだり、休日に訪れたりする場所はあまりないんです。この点は、若い世代に定着してもらうためには不安要素かもしれません。とはいえ、例えば、令和9年には鼠ヶ関地区に『道の駅あつみ』の移転開業が予定されているなど、地域の活性化も進められています。こうした場所に入るテナントも含めて、魚屋や飲食店とともに、地元の水産業を盛り上げていけたらいいですね」(菊地さん)
地域が一丸となってこそ実現できる、
漁業の未来像
取材の最後に、今後の鼠ヶ関の漁業や漁協に対する要望を聞かれて、「特にないよ」と笑ってみせる佐藤さん。その姿を見て、菊地さんは「いっぱいあるでしょう?」と問いかけます。
「佐藤さんのような漁師さんにはやりたいことがいろいろあって、『こういうものがあったらいいな』と思うこともたくさんあると思うんです。資金の問題があるから、なかなか実現は難しいことも多いのですが。それでも、組合は漁師に貢献するために働いているわけなので、できるだけ応えていきたいと思っています」
ベテラン漁師に学び、新たな漁業の在り方を開拓する佐藤さんと、漁師の思いを受け止め、さまざまな施策を講じてサポートする菊地さん――。鼠ヶ関には、立場の違いを超えて手を取り合い、未来の漁業をつくろうとする漁業者の姿がありました。
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Interviewer安達 日向子
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Writer渡辺 真理
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Photographer佐藤 直生